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アカルイミライ 通常版

アカルイミライ 通常版
黒沢清
アカルイミライ 通常版
定価: ¥ 4,935
販売価格: ¥ 4,242
人気ランキング: 16387位
おすすめ度:
発売日: 2003-06-27
発売元: メディアファクトリー
発送可能時期: 通常1~2週間以内に発送

『CURE』『回路』など国際的評価の高い黒沢清監督が、世代間による対立や現代社会に対する価値観の相違などを巧みにとらえた作品。おしぼり工場で働く雄二(オダギリジョー)と守(浅野忠信)。ある日守は社長夫婦を殺害し、やがて刑務所内で自殺。一方雄二は、音信不通だったという守の父・真一郎(藤竜也)と一緒に暮らすようになり、いつしか不思議な関係が築かれていく…。
守が飼っていたクラゲが、本作の中では象徴的に扱われ、手詰まりの社会という枠の内と外の関係性や自由性をも示唆しながら、不思議と未来を明るくしていくかのようでもあり、そこがユニークな点。三世代の男優たちの魅力もすこぶる生かされているのがいい。(的田也寸志)

クラゲと毒と虚脱感
黒沢監督が、コメントしている様に、オダギリジョー、浅野忠信、藤竜也。と、この3人が揃っただけでも、奇跡、何とも豪華な作品である。
些細な事ですぐにキレる若者、雄二(オダギリジョー)。雄二の唯一の理解者、職場の先輩であり友達でもある守(浅野忠信)。リサイクルショップを経営する守の父親(藤竜也)。
この3人にとって「クラゲ」は己の姿であり、かつての自分、また飼い慣らせる事が出来なかった息子。であった。
水槽の中でフワフワと生きるクラゲは、美しくも、猛毒を持つが故、触れる事は出来ない。
クラゲにとって「アカルイミライ」は水槽の中なのか?川の中なのか?それとも海なのか?
舞台挨拶で、オダギリが言っていた言葉が意味深である「世界がどんなにアカルくても、自分が暗かったらアカルイミライじゃ無いし、世界がどんなに暗くても、自分がアカルイと思えたらそれはアカルイ」と。
つまり、水槽の中、川、海、何処に居ても自分にとって、居心地の良い居場所であればそれは「アカルイミライ」であり、水槽の中しか知らないクラゲでも、そこが幸福と感じれば「アカルイミライ」なのである。
最後の雄二の顔は、自分の居場所を見つけたんであろうか?
観る側に、黒沢監督はイマジネーションを投げ掛けて来る。
世の中思い通りにならない事の方が、多い中で、
雄二に、居心地の良い場所なんて、あるんだろうか?見終えた後の虚脱感と同時に心配になった。
観る側の様々な世代、性別、個々に寄って違う感じ方があって良いと思う。それが「アカルイミライ」へ繋がるならば。
余談だが、この後オダギリを映画に起用した殆どの監督は、この映画を観ている。
オダギリジョーにとって、「アカルイミライ」だったに違いない。ファンとしても黒沢監督に、感謝したい。この頃から、オダギリの不思議発言(舞台挨拶で)も見られるし。

水槽に閉じこめられたニートたち
おしぼり工場で働く仁村雄二(オダジョー)は、目的のない無軌道な生き方をするフリーター。そんな雄二に唯一あたたかい目を向けるのが、職場の先輩フリーター、守(浅野忠信)だ。<マテ>と<イケ>。まるで子犬をしつけるような、雄二に対する人生のサインを決める守であったが・・・。雄二の身代わりになって刑務所に入った守が、ベッドのスプリングを体中にぐるぐる巻きにしてまで、最期のメッセージ<イケ>を送る。

<マテ>のサインが出ている間は、東京という水槽に閉じこめられ窒息寸前の雄二は、アカクラゲの育成を通じて東京の水に必死になじもうとする。そんな雄二が東京生活になじめないことを、守は初めからわかっていたようだ。最期に<イケ>のサインを出して、閉じこもっていた殻から抜け出すよう指示を出す。しかし、アカクラゲがしばらく東京の下水をさまよっていたように、雄二もまた守の父(藤竜也)の経営するリサイクルショップという中間地帯にとどまってしまうのだ。

大量発生したアカクラゲの子孫たちを思わせる、雄二のような生活を将来送ることになるであろうニート予備軍の高校生たち。彼らが、チェ・ゲバラの顔がプリントされたおそろいのTシャツを身につけているのが印象的だ。映画は、雄二がリサイクルショップを出て向かった先や、高校生たちの前途洋々たるアカルイミライ(?)を描いてはいない。あえて描こうとすればそれがウソになることを、黒沢監督は予めわかっていたのかもしれない。



把握されちゃったよ
 黒沢清監督の作品を観た始めての映画で、以来この監督の作品の映像美、1カットが長くロングレンジな撮り方、台詞やストーリー等々がえらく気に入ってしまってだいたいの作品を観てしまった。
 この監督の作品はストーリーは奇抜でも、とてもリアリティーがあると思う。長回しでロングレンジな撮り方や台詞が原因でもあると思うが、もうひとつこの人の映画では、人があっさり死んでのほほんとした音楽が流れている。多分人が死ぬのを目撃したときは、他の映画みたいにだいそれた音楽は頭の中に流れないと思うし、一瞬であっさりだと思うからこれがリアルだと思う。

 この映画でのワカモノはクラゲで、ワカモノは違和感のある真水で暮らしている。違和感があるからたまに毒を使って社会に攻撃をして人を傷つけるが、駆除されたり逮捕されちゃったりする。 
 だからクラゲは海に向かう。ならワカモノにとっての海は何だろうか?オダギリジョーも行けのサインでどこに行こうとしていたのだろうか?
 答えが解ったら明日から生きていきやすいミライがあるのかもしれないが、人それぞれ違うだろうし真水になれちゃう人もいるのだろう。
 自分にとってのアカルイミライが見つけれたらいいな、と思う今日この頃である。

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