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黒い雨 デジタルニューマスター版

黒い雨 デジタルニューマスター版
田中好子
黒い雨 デジタルニューマスター版
定価: ¥ 4,935
販売価格: ¥ 4,935
人気ランキング: 18110位
おすすめ度:
発売日: 2004-07-23
発売元: 東北新社
発送可能時期: 通常24時間以内に発送

1945年8月6日。矢須子(田中好子)は瀬戸内海の小舟の上から原爆の強烈な閃光を見て、その直後空から降り注ぐ黒い雨を浴びて被爆した。戦後、叔父(北村和夫)は何とか矢須子を嫁がせようと腐心するが、被爆のことが先方に知れるたびに破談されてしまう。そのうち、矢須子の身体にも徐々に異変が…。
井伏鱒二の同名小説を『復讐するは我にあり』などの名匠・今村昌平監督が、持ち味の脂ぎったタッチを抑えに抑え、モノクロームの映像と静かな語り口の中から戦争と原爆への怒りを露にしていく名作。「正義の戦争よりも不正義の平和のほうがいい」と嘆く叔父の台詞が胸を打つ。田中好子は本作でその年の主演女優賞を総なめする熱演。武満徹の音楽も秀逸である。(的田也寸志)

「死ぬその日まで私は美しくありたい」
 感動した。今年、この作品をDVDで見て、この作品が公開されて18年もの間、この映画を観なかった自分を恥じた。今村昌平監督(故人)に心からの敬意を表したい。
 このDVDには、1989年に、日本国内とカンヌ映画祭などで公開された『黒い雨』全篇に加えて、公開直前、今村監督があえて完成作品に収めなかった19分の未公開カラー部分が収められて居る。1989年に公開された『黒い雨』は、全篇が白黒で、主人公の矢須子(田中好子)が原爆症と思はれる症状に陥り、トラックで病院に運ばれる場面で終はって居る。この未公開のカラー部分は、その矢須子(田中好子)が、生き延びて、原爆投下から20年後の昭和40年(1965年)に、四国の霊場を巡礼として歩くと言ふ、原作には無い物語を、今村監督が、当初付け加える積もりで撮影された物だが、今村監督が、迷ひに迷った末、完成された『黒い雨』から削除した物である。その未公開カラー部分の深さは、神が人間を見守る様な視線で主人公と戦後の日本人を描いて居る。
 うらぶれた巡礼の姿に身をやつした矢須子(田中好子)は、この未公開カラー部分の中で、こう独白する。??「死ぬその日まで、私は美しくありたい。たとえ偽りの美しさであっても。全てを捨てた筈なのに、私は、まだ、自分を捨て切れないのだろうか?」??この独白の後、主人公は、死んだ人々の幻影に対面する。
 被爆者の生を、「死ぬまで美しくありたい」と言ふ「女」の視点から描いたこの巡礼の場面と独白は、女を描き続けた今村昌平監督でなければ創造し得なかった物だと私は思ふ。

(西岡昌紀・内科医/2007年8月6日=広島に原爆が投下されて62年目の日に)

じんわりとした怖さ
ズルズル皮が剥け、焼け焦げた死体、目を背けたくなるような画の数々。…などを勝手に想像していたので気合いを入れて観始めたのだけれども、そういうシーンはほとんどなく(あっても、モノクロで上手く生々しさを隠している感じ)、原爆のあとの後遺症を淡々と描いた作品。

 それでも、なんとなくジンワリとした恐ろしさが伝わってくる。知っている人達が次々と死んでゆく怖さ。ラストは、ヒロインの生存がほとんど絶望的と判っていても、もしかしたらという奇跡の訪れの思いにすがりつかずにいられないような気になった。


残酷さのなかに
一分の隙もない完璧な作品。痛切を極める武満の音楽。目を背けたくなるほどリアルな被爆者の描写(しかし実際はこんなものではなかったろう)。被爆後5年たっても、被爆者たちの戦争は終わっていなかった。いつやってくるかわからない死の影におびえながら、日々を送る被爆者の姿が、原作の持つユーモアとペーソスを織り混ぜながら、淡々と描かれていく。映画のラスト、重篤に陥ったヒロインの矢須子(田中好子)を抱きかかえて病院に付き添う悠一の姿に、監督の人間に抱いたわずかな望みを感じた。

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